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V・ファーレン長崎
U-18監督 村上佑介
「普段の行動を変える勇気」

SSKリレーションズの自己分析ツール「じぶん発見」。80個の質問に答えていくと、性格や能力が見える化され、リクルートがスムーズに進められるように。ここでは、アスリートに自己分析をしてもらい、アスリートがどういう風に考え、行動しているかを浮き彫りに。インタビュー第3回目は、サッカーJ2・V・ファーレン長崎の村上佑介U-18監督(インタビュー当時はユースコーチ)。

分析結果

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Jリーグ初出場・初先発でハットトリック

大学卒業後、J1リーグの柏レイソルに入団した村上佑介氏は、初出場・初先発となった大宮戦で3ゴール。DF登録の新人選手、そして日本人選手として史上初となる初出場でのハットトリックでプロキャリアをスタート。Jの歴史を紐解いてもジーコ(鹿島アントラーズ)以来のデビュー戦ハットトリックだった。その後、アルビレックス新潟、愛媛FCを経て、2016年にV・ファーレン長崎に移籍。キャプテンとして2シーズンを過ごし、2017年にはチーム初のJ1昇格に貢献。2018年より、V・ファーレン長崎のユースコーチに。

コーチ1年目はU-18、2年目はU-15を担当。「後悔のない引退はないな、と思った。やっぱりJ1でもう1回プレーしたいという思いを抱えていた。引退してそのままコーチになりましたが、そんな気持ちもあり、適応が難しいところがあった。選手でやりたいという葛藤が拭えないままコーチをしていたところがありましたね」と振り返る。

村上氏はJ1で6シーズン、J2で5シーズンプレー。現役ラストシーズンとなった2017年はケガの影響もあり、出場は6試合と限られたが、リーグ戦序盤は経営危機もあり、チームの行末さえ危ぶまれた中、キャプテンシーを発揮。チームは同じ方向を向き、30節より12試合負けなしで2位となり、J1自動昇格を手にした。しかし、継続契約の提示はなく、J1リーグ81試合7得点、J2リーグ95試合5得点の成績でプロ11年のキャリアに幕を閉じた。

チームのベクトルを合わせる

「自分が指導者に向いているかは分かりませんが、選手の時から声かけがコーチっぽいって言われてましたね。例えば、スルーパスが通ってゴールを決めた時でも、パスをした選手やゴールを決めた選手ではなく、DFを引きつけるランをした選手に、”いいランニングだった。続けよう”と声をかけていました」

大学までのアマチュア時代にもキャプテンの経験がなかったという村上氏は、Jリーガーとして4チーム目で人生初のキャプテンマークを腕に通すことになった。「たいした選手じゃないし、技術もないですけど、キャプテンを任された中で、チームの雰囲気を良くしたいっていう気持ちがありました。監督が見えない部分のフォローというか」

チームには25名前後の登録選手がおり、そこからベンチ入りできるのは18名。試合に出場するのは先発11名に加え、途中交代で3名の最大14名。「試合に出れないのは選手として悔しいことです。悔しいけど、弱みは見せたくなかったし、ベテラン同士の関係性も良かった。それに、勝つことが一番。そういうチームを第一に考える気持ちがそろい、チームのベクトルを合わせると、紅白戦も良くなる。チームの雰囲気も連携も増していく。昇格した2017年は、そんな風に上手くいった1年でした」

トップ選手を目指すために

「自分自身、今までいい指導者に出会えたからこそ、Jリーガーにもなれて。順天堂大学1年生の時に、関東選抜のセレクションに呼ばれたのに、『興味がない』って断ったことがあるんです。その頃は、プロになりたいとは思っていなかったんですが、行きたくても行けない選手がいるのに、断るなんてバカでしたよね。そんな僕を監督が怒ってくれて」と振り返る。

指導者に恵まれてサッカー選手になれたという村上氏は、家族の支えもありながら、月日が流れるにつれ、指導者という新しい仕事の魅力も感じていった。「未練を消すことはできないけど、今与えられたことをしよう。プロで体感したことを、プロに近いユース世代の子どもたちに伝えられたら」と思うようになった。

何度もサッカーを辞めたことやサッカーを考えてプレーするようになったのは大学からと遅かった自らの経験も踏まえ、「彼らは中学生年代からトップを目指していて、意識が高いところを求めている。こちらの要求も上がるし、選手たちのレベルは僕の中学生の頃とは比べものにならないくらい高いものになっている。それでも、技術だけではないもの、“そこで隙を見せたらやられるぞ”という時の集中力やメンタルの強さ、そういったことを試合や練習の時だけでなく、日常生活からコントロールできるようになっていく必要があるんです」と語る。

セカンドキャリアを見据えて行動を変える

33歳まで現役を続けた村上氏も、「30も過ぎると、どんなスポーツやっていても必ずセカンドキャリアを考えるようになると思うんです。僕は愛媛に行ってからでした。3万人がスタジアムに集まる新潟と違って、当時の愛媛は1000人程度の観客でした。それまで人前に出るのは嫌いだったんですが、愛媛を良くしなきゃ、と思って、サポーターとの交流を始めるようになりました。夏休みに子どもを50人招待したりもして。何より、組織を良くしていきたいって思ったんですよね」と環境の変化も伴って、行動を変えていった。

「長崎でもサポーターとはいい関係をつくることができたんです。それでユースの全国大会があるからと声をかけたら、サポーターたちが関東まで応援にきてくれたんですよね。スタジアムで聞くようなチャントで、すごくいい環境で試合をすることができました。プロの擬似体験にもなりましたし、選手たちの励みにもなりました」

サッカーの指導者になるにはライセンスが必要になる。村上氏はインタビュー後にA級ライセンスを取得し、2020年シーズンは、V・ファーレン長崎のU-18ユースチームの監督就任が決定。指導者としてもステップアップを図っている。「いずれはS級ライセンスをとって、プロの監督になりたいですし、やってみたい。ただ、将来がどうなるか分からないので、いろんな選択肢を持っていたいですね。例えば、大学院に行って、サッカーのことを研究しながら、コーチをしたりっていう可能性だってある。教員免許も持ってるんで、サッカーをやってきた中で成立するというか。選手時代と同じく、指導者としても必要とされるところまでいければいいな、と思っています」と新たな道でのプランを語ってくれた。


インタビュー実施/写真撮影2019年11月

PROFILE 村上 祐介 Yusuke Murakami

1984年4月27日生まれ 東京都出身
大学卒業後、J1リーグの柏レイソルに入団。日本人選手として史上初となる初出場でのハットトリックでプロキャリアをスタート。アルビレックス新潟、愛媛FCを経て、2016年にV・ファーレン長崎に移籍。キャプテンとして2シーズンを過ごし、2017年にはチーム初のJ1昇格に貢献。J1リーグ81試合7得点、J2リーグ95試合5得点。2018年より、V・ファーレン長崎のユースコーチを務め、2020年はU-18監督に就任。

V・ファーレン長崎 公式サイト

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