ジェフユナイテッド市原・千葉 佐藤寿人選手


「自分の考えを持つことと耳を傾けること」

SSKリレーションズの自己分析ツール「じぶん発見」。80個の質問に答えていくと、性格や能力が見える化され、リクルートがスムーズに進められるように。ここでは、アスリートに自己分析をしてもらい、アスリートがどういう風に考え、行動しているかを浮き彫りに。インタビュー第4回目は、サッカーJ2・ジェフユナイテッド市原・千葉の佐藤寿人選手。

サンフレッチェ広島での初優勝

佐藤寿人選手は、ジュニアユース時代からジェフで学び、2000年にトップチームに昇格し、プロデビューを飾った。2002にセレッソ大阪(当時J2)、2003年にはベガルタ仙台(当時J1)へ移籍し、2005年よりサンフレッチェ広島(当時J1)に。4チーム目となるサンフレッチェ広島で、佐藤寿人選手は全国区のトップ選手へと登りつめる。

 

2007年にはJ2降格という苦い経験も経ながら、『サンフレッチェでタイトルを』と願い続けた佐藤選手の想いは、2012年のリーグ初優勝という形で結実する。その年には、22得点で得点王に輝くと、ベストイレブン、MVPに加え、フェアプレー個人賞も受賞。史上初の個人タイトル4冠を獲得した。

最高の結果を出すために

「プロでもサッカーをやってきた環境は選手でそれぞれ。そんな中、意見のぶつかりあいがありながら、チームでベクトルを合わせて、同じものの見方をする必要がある。サンフレッチェで初優勝した時は、優勝への想いがチームで感じられ、監督やコーチ、フィジカル、フロント、サポーターも含めて、日々関わるいろんな力が同じ方向に向かっていった」と振り返る。

 

そうしたチームの一体感に加えて、常に前向きな準備が個人と組織両方でやれたという。「試合の結果がどうあれ、常に次の準備、次の準備の繰り返しでした。それが個人だけでなく、組織でもできた。それぞれが自らの持ち場で最高の結果が出るように頑張ったとしても、最高の結果が出るとは限らないのですが、その頑張りがないと最高の結果が出ることはないんだと思います」

自らに向き合うこと

身長170cmと決して体格に恵まれていない佐藤選手は、子どものころからトップを走り続けてきたわけではない。「プロになるためには、常に所属チームや県でトップになってこないといけない。でも、僕自身、常に各年代でトップにいたわけではありませんでした。小学生時代を過ごした埼玉県でも、ジュニアユースで千葉に来てからも同世代でもトップになれるか、なれないかの選手だった」

 

「ジュニアユースの頃から、身近でプロの選手やアカデミーの先輩がいなくなることも見てきた。そんな競争の世界でも、ライバルや先輩と自分を比較しようと思ったことはなかったです。いつだって、自分に何ができるか、なんだと思います。どういう時も自分に向き合ってきた」と、常に考えること、練習を繰り返すこと、チームメートとコミュニケーションをとることを続けてきた。

自分の考えを持つことと耳を傾けること

「JEFのアカデミーは、勉強熱心で、中高生のサッカーへの疑を指導者の方々が答えてくれた。教わったな、育ててもらったな、という気持ちがありますね。自分から聞きに行かなかったり、耳を傾けなかったら自分のものにならない。『全部を吸収しろ』とは思わないけど、自分にとって何が大事かを判断することを心掛けてきた」

 

「プロに入って芽が出てない時も、それこそ、日の丸をつけるようになっても同じ。自分の考えを持つことと耳を傾けること。キャリアを重ねると人から何かアドバイスをもらうことって少なくなりますが、それがない時でも客観的に見て、どう感じるのかだと思っています。1人で考えても解決しないこともあります。そんな時は、誰かに相談したり、自分に何ができるかにポイントを変えてみたり。一喜一憂せずに、次に目を向ける。休む暇はないし、必要以上にネガティブになることもない。僕自身は、FWとして常にゴールを奪うこと、そしてチームを勝利に導くこと。それをピッチで表現できるようにプレーしていきたい」と前を向いて語ってくれた。